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海原小浜さんが死去!!経歴•年齢•出身•結婚などを改めて紹介!!

      2016/06/02

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■漫才師の海原小浜さんが死去

漫才師の海原小浜さんが、12月24日に亡くなったことをニュースで知りました。

上方の女性漫才コンビ「海原お浜・小浜」として活躍した海原小浜(うなばら・こはま、本名田中桃江=たなか・ももえ)さんが24日に死去したことが28日分かった。93歳。岡山県出身。葬儀・告別式は近親者で行った。

 

戦時中、叔母のお浜さん(1994年に死去)とコンビを結成。当時の女性漫才は、楽器を持って歌うのが主流だったが、しゃべくり漫才一本で勝負して徐々に頭角を現した。自在な話術が持ち味で、上方漫才大賞や上方お笑い大賞を受賞した。

 

「今いくよ・くるよ」ら後に続いた女性コンビに大きな影響を与えた。弟子として、「海原千里(現・上沼恵美子さん)・万里」や「海原さおり・しおり」らを育てた。姉妹コンビ「海原やすよ ともこ」は孫。

 

お浜さんが病気のため78年に引退して以降は、1人でテレビの司会やラジオのパーソナリティーをこなした。


スポニチアネックスより

そんな海原小浜さんについて、気になったのでいろいろ調べてみました。

■海原小浜さんの経歴

漫才師の海原小浜さんとは一体どんな人なんでしょうか?

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海原小浜さんは岡山県高梁市出身の漫才師で、1924年4月15日生まれの91歳でした。

以下は略歴です。

6歳で大衆演劇の子ども座長を務め、1943年に叔母の梅本キミコ(海原お浜)さんと漫才コンビを結成。「ハッピーお浜・小浜」と名乗ったが、戦時中は「愛国お浜・小浜」に改名させられた。戦後は「さざ波お浜・小浜」に再改名したが、漫談家の故西条凡児さんが「さざ波よりもスケールが大きい」海原と命名した。

 

代表作は「旧婚旅行」「亭主操縦法」。ボケ役のお浜さんに対し、小浜さんが自分の帯をたたきながらツッコミ、客席を沸かせた。テレビのワイドショーの先駆け、毎日放送の「千客万来」(65年~72年)にもレギュラー出演した。

 

75年には「上方お笑い大賞」を受賞。78年、お浜さんが白内障を患ったためコンビを解消。その後はラジオのパーソナリティーや司会者として第一線で活躍していたが、2001年に脳内出血、02年には右大たい部骨折で入院した。05年度、94年に亡くなったお浜さんと共に上方演芸の殿堂入りを果たした。

Yahooニュースより

以下は、海原お浜・小浜さんの漫才です。

なお、夫は浪曲師の石川玉若さんということです。

ちなみに、姉妹漫才コンビの海原やすよ・ともこは、海原小浜さんの孫ということでも有名ですよね。

以下は海原やすよ・ともこさんの漫才です。

女性お笑いコンビの先駆者ということで、海原小浜さんの功績は大きいのではないでしょうか。

海原小浜さんのお悔やみを謹んで申し上げます。

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